ファンダンゴ デ ウェルバの素顔に迫ります!

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最強のジモピー曲?発表会の定番曲?それとも熱血フラメンコ?!


『フラメンコ』と『ヒターノ』の関係の深さは
以前の記事でもなんとなく感じてもらえたかなと思うんですが、


フラメンコはヒターノ達だけのものかというと、
決してそんなことはないんです。


例えば、


アンダルシアに行くと、
テレビ番組で『子供のど自慢』みたいな番組があって、(タイトルを完全に忘れてしまったけど、、、)
そこで流行りの歌に混じって、結構歌われる曲目が『Fandango ファンダンゴ』。


5,6歳の子まで大人顔負けの歌詞をしっかり歌い上げます。

しかも相当うまい!!


それもフラメンコアーティスト一家の子供という感じではなくて、
どう見ても一般家庭の普通の子供。

でも以前書いたように、
フラメンコってスペイン人なら誰でもがやる音楽ではなく、
それはアンダルシアでも同じなんですね。

じゃあ このファンダンゴを歌い上げるたくさんの子供達は一体??

 

その謎を解くためにまずこのファンダンゴの特徴から見ていきましょう。


詩の形式・特徴


まず、ファンダンゴの詩は5行詩。


実際に歌われるときは2行目から歌い始めて、
その後また1行目から歌い直して、計6行にして歌われます。


ブレリアのように歌詞の意味より
リズムに対する言葉の収まり方が優先される曲があるのに対して、


このファンダンゴはストーリーこそ命。


もちろん歌としての韻は踏んであったりしますが、
アンダルシアの暮らしがうかがえる歌が人生の教えや恋愛の歌、

時には政治的な内容まで歌われるいわば一般庶民の声を代弁する内容が多くて、
『響く歌詞』が歌われると聴いてる人は大盛り上がり。


歌い手の歌唱に対してだけでなく、その歌詞自体にハレオがかかります。


逆にいうと歌詞が聞き取れないと、
なかなか世界に入っていけないのも特徴、、、


ストーリーを追うように歌を聴いていくから
最後の行の《落ち》が聴き取れないと、自分だけ取り残された感がハンパないです (-。-;


そんなわけで、このファンダンゴは
フラメンコの好き・嫌いに関わらず(※フラメンコを嫌いな人ってかなりいます)、


アンダルシアでは多くの人たちに愛されている人気曲で、
各地にその土地独自のファンダンゴがあります。

各地にあるファンダンゴ系の曲は例えば、

・Malagaマラガ で発展したMalagueñaマラゲーニャ、
・Granada グラナダのGranaína グラナイーナ、
・鉱山が多いAlmeria アルメリアや Murcia ムルシア地方には
それぞれTaranto タラントや Mineraミネーラなどがあります。

詩の形でファンダンゴ系とされていますが、
それぞれ独特のメロディーラインを持っていて、


その土地の景色や生活がうかがえる歌詞が多く、
数十年前のアンダルシアを覗いたような気分になれます。

そんな数あるファンダンゴの中でも今日は特に、


地元で今も愛され続ける

『Fandango de Huelva ファンダンゴデウェルバ』

を紹介します。


歌詞は先ほど書いたファンダンゴなんですが、
ファンダンゴデウェルバは、その音楽的なルーツを
スペイン北部のホタという民族舞踊曲に持つと言われています。

元々はギター、バイオリン、タンバリン、カスタネットによって伴奏されたそうです。


そういえば踊りでファンダンゴデウェルバを踊る時は、
カスタネットを使うことも珍しくないですよね?

Huelva ウェルバ の土地、そして人。


『ウェルバ』という場所はいろいろな顔を持つ県で、
東部はロシオの巡礼で知られるドニャーナ国立公園。


工業地帯あり、沿岸部は夏になればセビージャなどから大挙するビーチ、
そして山岳部にはスペインでも有名な生ハムの産地があります。


周りのセビージャ、カディス、ヘレスに比べてそれほど派手な土地ではないんですが、

自分の中でこの ウェルバの名産は、
Fandangueroファンダンゲーロと呼ばれるファンダンゴ歌い達なんです!

彼らのことを知ったのは、フンダシオン・クリスティーナ・ヘーレンという
アメリカ人の方が立ち上げたフラメンコ学校に半年くらい在籍していたセビージャ留学時代。


自分たち外国人に混ざってスペイン人も結構いたんですが、
昔はカンテは習えないなんて話をよく聞いていたけど、
今やスペイン人たちも学校で歌を習いにくる時代。。


しかも、すでに舞台に出て歌っているような人もちらほら。


中には今や劇場でソロライブをやっている『アルヘンティーナ』や、
エバ・ラ・ジェルバブエナ』のカンパニーで各地を回る
ヘロモ・セグーラ』なんかが生徒としていました。


彼らはもう習う必要がないくらいうまかったし、
仕事もしていたから
要はアンダルシアの各地からセビージャに出てきて
、仕事のコネを探しにきている感じだったんだと思います。

自分のクラスには何人もウェルバの人がいたんですが、
ある日、午前のクラスの休憩時間の時、4、5人のウェルバの若者たちが集まって話していました。

側で聞いてみると、

「昨日は〇〇の歌すごかったね!
あ〜あ、声ガラガラになっちゃった。 今日、やばいな。 」

「私も。それに見てよ!この手!」

よく見ると拳の皮がむけて血が出た後がありました。

ファンダンゴ・デ・ウェルバは、ヌディージョと
呼ばれる拳で机を叩いて伴奏するのが一般的。


ギターの伴奏無しでこのヌディージョも珍しくないです。


彼らは週末になると地元の店に集まってファンダンゴを朝まで歌い続けるんだそうです。


ヌディージョを叩く拳から血が滲むまで、、、、


しかも彼らはパッと見どう見ても普通の人の雰囲気。


浅黒いヒターノ達の要望でもなければ、ごっつい感じでもない。


聞くと、彼らの両親もやはりファンダンゴが大好きで家でよく聞いていたとか。


セビージャの一般家庭でそこまで
普通にフラメンコがかかっていることが無いのを考えると、
それはすごいことなんですね。


そして休憩中もまだ、ウェルバのカンテのことを話してたりする、、20歳そこそこの若者が。


超地元愛。


そんな中の一人 『Jesus・Corbacho へスス・コルバーチョ』が、
歌い手として日本にやって来て、
7,8年ぶりに再会を果たし一緒に何日か過ごす機会があった。


今はセビージャに住み、
踊り伴奏の歌いとして活躍する一方、自身のCDも発表。


最近、あちこちで見かける歌い手だ。


そんなへスーに『ファンダンゴ』についてインタビューした時のこと。


フラメンコ学者や詳しい人たちは、
ファンダンゴは壮大な歌だとか、
いやいやそれほどでも無い、とか好きなことをいうけど、


僕にとってファンダンゴデウェルバはいつだって、
ファンダンゴデウェルバでしかないよ。


ウェルバにはファンダンゴが40種類以上もあって、
すごく小さな村に至るまであらゆる町に歌があるんだよ。


その中で、すごくフラメンコに歌う人もいるし、
もう少し民謡っぽく歌う人もいるよ。


皆が、それぞれのキャラクターで歌うんだよ。


ウェルバの人にとってファンダンゴデウェルバて何だ?
と言ったら…


歌いついでいかなければいけない歌、、、かな。

とても特別なものだよ!

インタビューをしていて彼がたくさんのスタイルがあるからいくつか歌うよ、といって説明を始めた。


「1つ目はJuan Maria la blanca フアン マリア ラ っブランカ っていうスタイル。


次に Rengel レンヘル のやつを歌うよ。レンヘルはいっぱいあるけど、その中の一つをね。」


なんて、

インタビューに慣れた感じで答えてくれて一つめの歌を歌い始めてくれました。


1つ目を歌い、2つ目を歌ったあたりからなんだか様子が、、


いつもの穏やかな目にギラッとした光が見えた。


そして3つ目を歌い終えると『ふっ』と力が抜けて歌うのをやめた。


そして一言誰にともなく『ありがとう』と言った、
へスーはとても良い顔をしていてうっすら涙が浮かんでいたような気がした。


その数週間前に彼と舞台に立った時の事を思い出した。


本当に失礼かもしれないけど、正直言って
ソレア、とかアレグリアスとか他の曲は、他にももっと良く歌う人がいると思う。


スペイン人のカンテの世界はそれほどまでに層も厚いし、
そう簡単に素晴らしいね、なんて言われる世界ではない。


でも、このファンダンゴデウェルバは、、、、、土地にしかない歌。


特別だ。


最後に、本当に有名な歌詞だけど、


ウェルバの人達の土地とそこに住む人達を愛する気持ちが表れた
ファンダンゴデウェルバの歌詞を一つ紹介して終わりたい。


Volví la cara llorando

Cuando salí de mi Huelva

Volví la cara llorando

Yo te dije tierra mia

con lo tu esta quedando

con lo que yo te quería


振り返ると涙が出た。

僕のウェルバを発つときに。

振り返ると涙が出た。

僕のウェルバよ、お前に言った。

お前を残していく

この気持ちと一緒に。