フラメンコはひとつ知れば良い

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今回はセビージャにいた頃の話。

フラメンコ学校への留学も1ヶ月以上が過ぎ、
季節は5月も半ばになっていました。
セビージャは5月になるともう真夏みたいな暑さの日が多くて、
天気が良い日になると2.3分道端で立ち話をすると日に焼けてしまうくらい。
そんなわけで段々とクラスをサボり出す人もちらほらいて、
なんとなく学校そのものが開店休業みたいな雰囲気になっていました。
そんな時、
今月グラナダでフンタ・デ・アンダルシア主催のクルシージョがあるのをを知りました。
チラシを見ると数週間に渡るコースの講師として
踊りはベレンマジャやモネタ、歌はマイテマルティンやアルカンヘル。
といった錚々たるメンバーの名前が書いてありました。
おおっ!
すでに終了してしまっているクラスも多い中、
ラッキーな事に来週Marina Heredia マリナ・エレディアのクラスがあるらしい。
マリナ・エレディアはグラナダの有名なフラメンコ地区アルバイシンに生まれました。
歌い手のJaime Heredia “El Parrón ハイメ・エレディア エルパロンを父に持ち、
12歳で歌い手としてデビューして各国を回っています。
しかも5日間のクラスで料金はタダ。
(タダといっても、もちろん行政からギャラは結構出てるのだ
自分はグラナダ行きを迷わず決めて、
気合いをいれてクラスが始まる前の晩の夜からグラナダに入ることにしました。
この辺りが自分のアホなところで、
ある意味フラメンコに一番必要ないのがこういった気合いなんだけど。。
そんなわけで前入りした自分は、
当日の朝10時からのクラスのために会場である考古学博物館に向かいました。
受付も何もない建物に入ると、奥の部屋から話し声が聞こえてくる。
オラ!
と、挨拶しながら自分が部屋に入ると
みんなの目が一斉に自分に集まりました。
まぁ、東洋人がフラメンコをやっていれば
こんな事はなれているんだけど、
どうやらそれだけでもなさそうな気配。
10代くらいの男女から、5.60代の男性まで8人くらいの人がいて、
その中心にギタリストのLuis Marianoと一緒にマリーナが座っていました。
少し待って参加者が全員揃ったところで自己紹介が始まった。
生徒の何人かは以前からの知り合いみたいな感じだったんだけど、
生徒の中にはすでに歌い手として仕事をしている人、
バルの店長や多分学校をサボってきている男の子なんかがいた。
そして2人、3人と自己紹介をしていくうちに分かったんだけれど、
なんと参加者全員がグラナダの人だったのだ。
自分以外が全員スペイン人、そしてアンダルシア人。
なのは想定内としていたけど、まさか全員がグラナダ人とは。
これはもしや
グラナダ人しか出ちゃいけないやつだったのかな?
不安になってきいてみるとそんな事はないらしい。
まず驚いたのが
グラナダの人がタンゴデグラナダを習いにくるのか?ってこと。
しかもプロの歌い手まで。
でも自分は怯むと言うよりは、むしろオタク魂がメラメラと湧いて来た。
どうせならいろんなグラナダ人のタンゴを聴きたい。
いつものデータ収集本能が呼び起こされていたのだ。
マリーナのクラスは「これは誰々が歌っていたやつだ」とか
逸話も交えながら進んでいった。
自分がずっと知りたかった歌もあって
心の中でガッツポーズをしていたんだけど、
クラスの中で自分が一番興味を引かれたのは、
それぞれが自分の歌い方を持っていて
マリーナに直されても直さないこと。。

いいんだ!?それで?!

っていうか何で習いに来てるんだろう?

それまでセビージャの学校では、
スペイン人であっても先生の歌い回しを忠実に
コピーしているのを見ていた自分は、
ここは違うんだなぁ、、と驚きました。
そして面白いのは
自分が苦手な歌い回しはさっさと諦めて自分流にしてしまうところ。
特にいかにもヒターノっていう男の子は、
結局クラスの間中、全く歌い回しを変えませんでした。
で、それが結構魅力的だったりするから
特にマリーナも敢えて直したりはしないんです。
だからと言って頑なかというとそうではなくて、
例えば、マリーナが彼女が生まれたアルバイシン地区の先人たちの話や
自分が小さかった頃の話なんかが盛り込見ながら歌詞の話をしたことがありました。
そんな時はまるでおばあちゃんが話す面白い昔話を聞く子供達のように
皆が興味津々に話に聞き入っていてました。
そして自分が歌詞の中のSanta Ana という場所について聞くと、
マリーナだけでなくて自分以外の全員がそれがどこにあって、
それがどんなストーリーかを熱く語ってくる。
そんな風にして丁寧なクラスは進み、
4日目のクラスが終わった後、マリーナが言いました。
「明日はクラスでなくてCueva クエバに行きましょ。」
クエバとは洞窟のこと。
映画なんかで出てくる洞窟のフラメンコのあれだ。
最後のクラスの日、
アルバイシンの坂を歩きながら
アルバイシンのヒターノたちの生活や
誰々がどうだった、そこでその歌がなっていう事を
マリーナが話すのを聞きながら
(もう5日目になりみんなが馴染んでいて、ほぼ日本人という事を忘れているから
容赦ない地元トークのスピードで聞き取れないことも多かったけど、、)
こんな事を考えていた。
グラナダの人もいろんな曲、例えばブレリアはかっこいいし歌いたいだろうけど、
でも多分、この人たちはタンゴが歌えればいいんだな。
タンゴは自分たちの歌っていうのを全員が知っているんだな。
この人たちは、何年も聴いている歌、
しかも普段毎日目にしているグラナダの事を歌っている歌をとても大切にしている。
だから、ヒターノの男の子はあそこまで直そうとしなかったし、
マリーナも直そうとしなかったんだ。
たった一つの曲に対してもこれだけの思いが込められている。
タンゴデグラナダをタラントの後に歌うタンゴ、
数あるタンゴの中の1種類っていう言ってみたら
取り外し可能なアクセサリーみたいにしか感じていなかった自分からすると、
彼らと一緒に過ごしたこの5日間は貴重な体験でした。

一つを知れば良い。

ただし、その一つが本当に好きなものであること。

その一つが目の前にあっても、
他の色々なものとごっちゃにして選びきれなかったり、
欲張って理想の万能選手を目指してしまったり、
たった一つを選ぶことって自分には簡単ではないです。
それを直感で感じるのがセンスといえば、そうなのかもしれません。